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ネットマスターの平八さんは、
伊達に廃工場の見取り図を捜し当てた訳じゃあない。
建った時期から建材それぞれの耐久年数を割り出し、
建物全体の構造や各区画の構造へは、
今現在の外観写真も引っ張って来ての、力学的な連携などなどを計算し。
『……よしっ。』
どこにどういう打撃を加えたらどうなるか、
きっちりと割り出したひなげしさんだったらしく。
そこでと七郎次に、簡易型の起振装置を任せての、
計算で割り出した位置の基礎部を大きく揺すぶってもらい、
工場を“思いのまま”に壊して見せたらしい。
「アメリカや欧州などなどでは、
古いビルを解体するのに、ダイナマイトで一気に爆破するんですよね。
しかも、すぐ隣に別のビルがあっても傷さえつけず、
構造体も真下へ落とすってチームがあるんですよ。」
爆薬を、どことどこにどの規模のを幾つ設置すればいいか、
綿密に計算してのてきぱきと実行する技は素晴らしく。
粉塵が飛ばないようにというシートさえ要らないほど、
そりゃあスマートに、
高層ビルをただの瓦礫の山へかえしてしまうのだそうで。
「スタジアムだのカジノやホテルなんていう
中も複雑なのを壊すのに比べれば、
構造も単純なその上、
作業機械も入ってない空っぽの廃屋なんて、
どう倒すかもどう崩すかも思い通りですよん♪」
その現場からやや引き離した位置まで、
廃品回収を装った軽トラックを運転してゆき。
打ち合わせた時刻にズドンと、
こちらでも号砲一発、バズーカを空へと撃ち放って。
季節外れの運動会かよと、
一味のおじさんたちを立ち上がらせたひなげしさん。
……え? まだ高校生なのに?
「だって私、国際ライセンス(免許)持ってますし。」
え? 申請した上で、やっぱり18歳じゃあないと
公道では運転出来ないの?
やだ、そんなこと知らなかった。ごめんなさぁいvv
「…ヘイさん、さっきから棒読みですが。」
「いやぁん、シチさんたらvv」
任務を終えたと同時、
どうせもう工場内は大混乱だからと、
最短の直線距離にて駆け戻って来た白百合さんだったが。
彼女にしても紅ばらさんにしても、
工場へと近づくのへは、
じりじりと“ダルマさんが転んだ”を行使しただけじゃあなくて。
やはり平八が開発中だという、
光学迷彩シート製のマントを羽織っていてのことであり。
「本格的な監視が立っての、
赤外線スコープとかが出て来る哨戒では、
まだまだ歯が立たないレベルですが。」
特殊な素材による光の乱反射を利用し、
周囲の風景の中に紛れてしまえる威力はなかなか。
こうまで何もないところだというに、
素人で、しかも実は気が短いお嬢さんたちが、
随分サクサクと進めたのは、そんな“羽衣”があったお陰様でもあり。
「さあ、そろそろ久蔵殿が出て来ますので。」
「ええ。」
二人がいるのは軽トラの荷台。
重々しくもごっつい、一昔前のバッテリーのような大きさのそれは、
親指でグリグリ操作する十字スティックと
オンオフのボタンだけという簡易型の、実はリモコンで。
平八が えいやと操作すれば、
誰も運転席にいないのに、トラックがそろそろと動き始める。
工場の駐車場側にあった金網フェンスは、
地震騒ぎが起こっているのと同時進行で、バーナー使って薙ぎ倒しており。
「凄いカッコでしたよね。
サブマシンガンタイプのバーナーを小脇に抱えてて。」
「いやぁんvv」
判った判った。(苦笑)
二人が待ち受けるのは、
最も難関の人質救出という任務を遂行中の、
紅ばらさんの帰還だが。
「リハーサルをしすぎて却って混乱してませんかねぇ。」
「ヘイさんたら…。」
いえね、久蔵さんの瞬発力とか迷いのない突進は、
なかなか出来るものじゃない、素晴らしいと認めておりますが。
今回は特殊警棒で敵をなぎ倒すのとは真逆の、
人を守って連れ出すことですからね。
「二人とも無事でなきゃ成功とは言えないって、
口を酸っぱくして言い聞かせてたじゃないですか。」
久蔵殿も、何も根っからの暴れん坊でなし。
気の毒なお嬢さんを連れ出すことが肝だってことは
ちゃんとちゃんと判ってらっしゃいますって…と。
次の段階へと向けての作業、
段ボール箱からブツを取り出し、掴みやすいように並べつつ、
七郎次が“心配症ですねぇ”と宥めたものの。
「だって。
あの、久蔵殿が大好きな榊せんせえが窘めても、
うっかり忘れて暴れてしまうお人ですよ?」
「…っ☆」
もしもし? 平八さん?
はぁあと大きな吐息つき、肩を落としてらっしゃいますが…。
“……それを言ったら、アタシたち全滅じゃないですか。”
だよねぇ。(大苦笑)
そうこうするうちにも工場の天井が落ち始め、
いよいよ廃工場の崩壊も、終焉を迎えようとしておいで。
あんまり時間をかけすぎると、
一味の面々も飛び出して来かねないけれど。
だからこそ、解体方式での突入としたのであり、
「瓦礫が足止めに役立ってることと思いますよ。」
「あ、出て来ましたっ。」
トラックを着けていた側の壁から、
そこだけは粉塵も浅い中、
無地でシンプルなスキーウェアという姿で出て来ておいでなのは、
紛うことなく彼女らのお友達。
何だかそのまま、SFX満載の映画のワンシーンに出来そうなほど、
堂々と、泰然と出て来た久蔵さんであり。
その背後では、
〈 地震は収まったのかっ!〉
〈 判らねぇっ!〉
〈 それより、皇女がいねぇって言ってるぞっ!〉
〈 なんだとぉっ!?〉
大の大人が、しかも荒ごと慣れしておいでの方々、海外版の一団が、
途轍もない爆弾を放り込まれ、正に大嵐に揉まれているよな混乱状態にあり。
何しろ、ただの悪党一味ではない。
金目当て、若しくは依頼されての嫌がらせ…といったレベルで手掛けた、
単なる幼女誘拐ではなくの、
国家の舵取を担うほどという、
高尚な思し召しを掲げた人らの意向で動いている面々なので。
「諦めは悪いかもですよね。」
「帰る国はない、とか?」
あんな小さな女の子を攫っておいて、何をか言わんやですけれど、と。
こっちだって心根は強靭、
最初の目的をブレさせるつもりはないし、譲る気もないものと。
むんと力んでの立ち上がったお嬢様二人、
白いその双手には…バトンタイプの発煙筒。
マッチのように、着火板へと擦りつければ、
その先からは
ジェット噴射のような勢いで白い煙が噴き出したが、
「この煙って吸っても大丈夫なの?」
「はいな。」
目にも染みませんが、知らない者には十分脅威でしょうし、
「……。」
懐ろへと抱えているお嬢さんへ何か話しかけてから、
駐車スペースでと踏み出したそのまま、紅ばらさんが一気に駆け出す。
忘れちゃいけない、三木さんチのお嬢様は、
スポーツでも名を馳せる あの女学園でも一、二を争う韋駄天娘だ。
いで立ちもシンプルだし、足元はランニング用のゴム底シューズ。
タッと地を蹴ると、その身に翼でもあるかのような軽やかさ、
歩幅も大きく、あっと言う間に距離を稼ぐ彼女であり。
〈 あそこに誰かいるぞっ!〉
〈 捕まえろっ!〉
さすがに、こうまであからさまに他所の誰かが敷地内に居れば、
この混乱も何のその、
取っ捕まえろと駆け出すおじさまたちだったようではあるが。
「そうは行かない。」
「久蔵殿っ!」
手で放るだけじゃあ飽き足らず、彼女の通った後へこそとの遠くへも、
バズーカ再びでズドンバンと打ち込むひなげしさんであり。
二人が荷台に立っているトラック、進行速度はゆっくりだったが、
あともう少しで、久蔵がその足を懸けられるほど、
間を詰めつつあるのも重畳で。
〈 なんだ、こいつらはっ!〉
〈 皇女の護衛が雇ったエージェントか?〉
〈 なんだとぉ? …うあっ!〉
煙に撒かれつつも、やはりそう簡単には諦められぬか、
足元も覚束ない中を駆け出して、
ばらまかれた建材につまずくのだろう、野太い怒号も聞こえてくるが、
〈 逃がすなっ。〉
〈 交渉を進めさせる訳にはいかんっ!〉
私欲ではない目的の怖さよと。
その執拗さへ三人娘らが揃って眉をぎゅうとしかめる。
どう考えても間違ったやり方だろうに、
あくまでも信念を貫くためにと、あんな幼い少女を楯にしたいものだろか。
「いい加減に目を覚ましなさいっ!」
ついのこととて七郎次が怒鳴ったものの、
ああしまった、日本語は通じないかとそこも歯痒い。
怒りのあまり、思い切り腕を振り上げて発煙筒を投げたその先、
視野の中であっと言う間に煙で覆われた相手の一人が、
物騒なものを手にしていたのが見えた気がして。
「…っ、久蔵殿、伏せてっ!」
見えなくとも方向が合っていればという盲撃ち、
パンッという乾いた音がして、
最悪のそれと懸念していた銃撃がとうとう放たれた。
久蔵の進路を邪魔しては何にもならぬと、
発煙筒も彼女の前へは出来るだけ投擲しなかったが。
七郎次の凛とした声が届いたからか、
さっきまでいた姿がパッと消えていて、
「やだやだ、当たったんじゃないでしょうね。」
「やめてくださいよ、ヘイさん。」
緊迫から喉元がギュッと締まる。
それでも、縁起でもないと続けかかった七郎次の声を遮って、
【 そこまでだ、双方とも。】
スピーカを通したような、男性の声がした。
ピーガーと割れたのは、旧式のメガホンだったからか、
それへ続いて“きぃきぃ〜ん”という甲高い音まで漏れたのへ、
いや〜んと思わず耳を塞いだ、こちらのお嬢さんたちの傍らへ。
後方から近づいて来て横付けされたのは、
白と黒のツートンカラーもお馴染みの、パトカーだったものだから。
“あれれ?”
“まさか、もう?”
期待しなかった訳じゃないけど、
あれほど“手が出せぬ”と言っていたのが昨日の話。
だからこそ、孤立無援も自業自得も覚悟の上だと、
これでもこれまで一度もなかろうほどの、
悲壮なくらいの覚悟だってドキドキで決めて挑んだってのに。
「…まったく。
昨日の今日って速攻で、こうまでの無茶をしおって。」
横殴りの風は春一番か、
駐車スペースを埋めるほど垂れ込めていた白煙を、
ささあっと追いやったその後には。
小さなお嬢さんを懐ろに抱え、
出来る限りと身を縮めてしゃがみ込んでた久蔵の向こう側、
そちらさんも片膝ついての姿勢を低めつつ、
だがそれは庇った久蔵に合わせてのこと。
余裕の上背は真っ直ぐしゃんとしておいでで、
そのまますっくと立ち上がると、
「不法侵入と、誘拐監禁。まずはその罪状でお主らを逮捕する。」
警察手帳を出しつつ、そこに嵌められたメダル章を披露したお人こそ、
「…勘兵衛様。////////」
スーツの裾と、束ねもしない蓬髪をたなびかせ。
駆けつけたパトカー数台の責任者ですと、
堂々と立ちはだかっておいでなのは、
昨日は自分たちを大人の理屈でやり込めた、島田警部補その人であり。
そんな彼の登場が、
力不足を認めるようで、そこは悔しいけれど、でも嬉しい七郎次で。
だって、久蔵が無事だったし、
「だから。助けに来た相手を睨みつけるのはやめなさい。」
「………。」
振り向く必要がないほどの殺気でも放たれたか、
そちらさんも振り向かぬまま、
まずは久蔵へだろう、そうと言い置いた勘兵衛。
「そっちの二人も帰ったら説教だからな。」
「…は〜い。」
「はい。」
視線さえ寄越して来ないけど、そこはお勤め中だから仕方がないと。
七郎次なぞは早々と、口元が甘くほころんでいるくらい。
勘兵衛自身の視線は、
やや険悪な様子で ぞろぞろと外へ出て来ていた、
こたびの誘拐事件の犯人一味の面々へと向けられており。
〈 日本語は判らぬか?〉
そうと声を掛ければ、何人かが動揺してか顔を見合わせて見せたものの、
〈 何の話か判らんな。〉
特に焦りもしないまま、拳銃をベルトの背中側へと挟みつつ、
落ち着いた様子でそうと応じた者があり。
〈 俺らはこの工場を見積もりに来ていただけだ。
だってのに、そこの娘さんたちが、何の実験か大暴れを始めてな。〉
〈 ほほお。〉
勘兵衛様、難しい外国語なのに判るんだと。
こちらは平八の通訳で追いかけ中の七郎次が、
どさくさ紛れに駆けて来て合流した久蔵を迎えつつも、
こそりと感動しておれば。
〈 俺らはそも、この国の人間ではないしな。
だから、お前らに裁かれる身ではない。〉
〈 儂らは“裁く者”ではないのだが。〉
不敵なほどいやに堂々と言い放つ相手だなと、
七郎次や平八のみならず、
耳をそばだて、同じ通訳を聞いておいでの刑事さんたちまでも、
むっと憤懣を抱えたような顔付きとなったものの、
〈 第一、誘拐?監禁? 果たしてそんなことが起きていたのかな。〉
蔑むような、勝ち誇ったような顔をして、
そうと言い放った、スポークスマンの男であり。
〈 そこのその娘が、一体誰なのか。
此処にいるということ、
知ったお前たちの口を容赦なく塞がれるほどのお人だぞ?
そうそう表沙汰には出来んだろうし…。〉
〈 表沙汰にされて困るのはお前たちだけの話だと思うがな。〉
言いようを遮っての、しかも肩をすくめた勘兵衛だったのへ、
んん?と初めて、おしゃべりな男が怪訝そうに眉を寄せる。
もしかしてコトの重大さが判ってはいないのかと、
だったら尚更、役不足なとでも思ったか。
何か見透かそうというような眸でこちらを見やる彼だったのへ、
〈 確かに、日本とは国交のない国の人たちのようだが。
だからと言って、
捜索願が出ている民間人の娘さんを攫って、
こんなところで何日も監禁していてもいいものかな。〉
〈 なに?〉
皇女を攫ったなんてこと、
きっと箝口令が出ていようからそちらからは言い出せまいと、
高をくくっていたらしい彼らだったようだけれど。
〈 お姉さんが行方が知れないとの正式な届けを出されたのでな。〉
そうと告げての、肩の向こうを立てた親指で差した勘兵衛であり、
そちらを胡亂そうに見やった彼らは、だが、
〈 姉様っ。〉
〈 ミズキっ!〉
久蔵が抱えていた少女が、
パトカーから飛び出して来た、
皇女づきの小間使いの少女へ飛びつくのを見てギョッとする。
昨日の今日で見まちがうはずのないお顔だったし、
〈 …民間人?〉
〈 ああ。
姉上はお務めで王宮に上がってもいるようだが、
妹さんは まだまだあの幼さだからな。〉
そんな筈は…と言いかかり、だがだが、
どうしてそう思ったかを言及すれば、
襲撃という力ずくで、彼女を攫ったという事実の自白になってしまうからか。
ううと口ごもってしまった“おしゃべり男”へ、
〈 それに。何だったらお主らを叱り飛ばせるお人も、
あくまでも奇遇ながら、日本へは“観光に”といらっしゃっててな。〉
そうと言い放ったところへ、
パトカーではないセダンがするすると近づいて来て
後部ドアがバタンと開く。
運転席から降り立った人物が、恭しくも身をかがめて手を延べたのへ、
慣れた様子で手を借りての降り立ったのは。
こちらの少女と同じほどの幼さながら、
アーモンド型の双眸もきりりと力んでの、
凛々しい気迫の籠もった、斬りつけるような表情をした末恐ろしい存在で。
〈 …ハニ皇女?〉
〈 おや、名前くらいは知っておったか?〉
十歳に届くかどうかという年頃の筈だがと。
こちらサイドの警察官の皆様も、三華の三人娘さえもが、
一体 何年分を凝縮されて幼い姿にされた御身やらと思うほど。
声音もずんと落ち着いていての、
老成さえ感じられるほどに重厚なお嬢さん、もとえ皇女様であり。
このまま育ったら立派な魔女になれそうなと、
怖いめの凄みを感じるほど、
くっきりと張りのある大きな目許をぐぐいと眇めると、
〈 こちらの者からお主らの行状はすべて聞いた。
国へ帰ったらどころではないぞ、
もう既に、
お前たちを動かしておった筋の者らには召喚状を出したからな。〉
身内だけという場、陰でこそりと いたぶられはせぬから安心せよと、
にんまり微笑って言い置くご丁寧さもまた、
この幼さでと思えば尚のこと、何とも恐ろしい皇女様だったが。
“こちらの者?”
翻訳しつつまずは平八が、それを訊いての次には七郎次と久蔵が、
皇女が視線で示した方、彼女の手を取る人物を見やれば。
「〜〜〜〜っ!」
「…っ。」
「(あ〜〜〜っっ!)」×3
工場内にいなかった問題児、
彼女らのみならず、実は勘兵衛様や征樹さんまで悩ませた張本人。
こちらの皆さんから“葦毛のキツネ”と呼ばれておいでだった、
“良親様…。”
“結婚屋。”
唖然としたのが、七郎次と久蔵ならば、
“結局、どっちについてた人なんでしょか。”
単純に“要領がいい”というのでなく、
むしろ複雑な二重間諜なんてこと、
しっかと果たせたこととなるのかなぁと。
そんなところを感心したのが平八で。
いやはや、皇女も相当に濃い人物だが、
それを満足させ得心させるとは、
この丹羽良親さんもまた尚更に、
掴めぬお人であるとの評、またぞろ深めたようでございます。
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*ハニ皇女と聞いて、おやと思ったお人はなかなかの記憶力ですvv
後始末に、もうちょっと続きますね?

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